謎の侵入者


1989年の10月か11月,機械工学課の私は実験レポートの仕上げに追われていた。

よりによって一番厄介な内燃機関のレポートの時に彼は我が家に現れた・・・・。

夜も11:30を過ぎた頃,一向にはかどらないレポートを前に焦っていたその時,丸坊主で上半身ランニングの痩せた男が,裸足で汗をだらだらかきながら部屋の北側/便所前の引戸から侵入してきた。知らない男である。

彼は息を切らせながら言った。

「助けてくれ。暴力団に追われている。」

話によると,家の周りには数十人の怖い人が張っていて,部屋に飛び込むすきをうかがっているらしい。軒下にテレビアンテナの機器の一部があって常時小さい赤いランプが点いているのだが,それを指差して

「あれで盗聴しとんねん。」

と自信を持って言う。えらいやつが舞い込んできた。レポート書かなあかんのに。

警察を呼んでくれというので生まれて初めて110番することになった。だが,”0”を発信できないGIORGIO ARMANIである。私は”11”まで押してそれに気づいた。あー何てこった!こんなややこしい時にこんなややこしい電話機しかないなんて!おっさんにいちいち説明するのも面倒くさいし,第一すぐにはわかってくれへんやろ。

しかし,この電話機も誠意が通じる時がたまにあって,力いっぱい”0”を押すと30回に1回は”0”を発信してくれるのだ。私は力の限り”0”を押し続けた。おっさんが不思議な顔して見守るなか10数分後,見事110番通報を成し遂げ,警察の人に来てもらえることになった。

警察が来るのを待つ間,人のいい私は彼をもてなし始めた。

ゆでたまごと日本酒を振舞った。

彼のベルトが切れていたので,ベルトをあげた。

彼は裸足だったので,軽音の合宿の宿(河口湖のカラウェイ)からくすねていたたつっかけをあげた。

その晩ちょうどテレビでミスユニバースをやっていたので,二人であれがいいこれがいいと語り合った。

警察がなかなか来ない。私は次の日の正午までにレポートを提出しなければならないのだ。しびれを切らして私はもう一度110番した。(やはり10数分かかった)「わかった,わかった,ちゃんといくから」というようなことを言われ,さらに待つと30分くらいしてやっと警察が外にやってきた。外には怖い人が見張っていると言い張るおっさんを説得し,いっしょに出てやるからと彼を外に連れだし,警察官に引き渡した。

警察官はおっさんをまるで以前からの知り合いのように見て,肩を抱え去りながらこう言っていた。

「おう!今日はどないしたんや?」

時すでに草木も眠る丑三つどき。すっかり疲労した私はそれでもレポートを書きつづけたが,この数時間の出来事で決定的な痛手をこうむり,次の日の昼食は抜き,1時間遅れの午後1時にレポートを提出したのだった。

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